Share on Facebook
このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - 【第1回研究会】「3月11日、被災地はどのように行動したのか」

11月27日、特定非営利活動法人遠野まごころネットの副代表、多田一彦氏をゲストにお招きした勉強会がかながわ県民活動サポートセンター主催で行われた。日曜日の夜にもかかわらず参加者は90名を超え、会場であるサポートセンター301会議室は満席となった。遠野にある本県の復興支援活動拠点「かながわ金太郎ハウス」もご協力いただいている「まごころネット」は、被災した沿岸各地へ1時間の移動で行ける遠野の地の利を生かしたボランティア集団であり、この10月末にはksvn編集部が訪問取材している。

遠野まごころネット・多田理事長(撮影;神楽千砂)

遠野まごころネット・多田理事長(撮影;神楽千砂)


多田氏の基調講演に続き、かながわ県民活動サポートセンター、ksvn、神奈川県社会福祉協議会などの代表者を交えた5人のパネラーによるディスカッション、さらに会場参加の全体フォーラムがあり、新たな段階へと転換期を迎えている支援とボランティア活動の在り方や方法が模索された。

≪立場の違いを乗り越える視点を≫

3月11日の発災からボランティアの急増したゴールデンウイークまで空前絶後の社会機能の混乱と生活の困窮が続く中、「まごころネット」は始動した。その際、NPOだと地元の社会福祉協議会(社協)に信用されないという壁があった。阪神淡路大震災の教訓として「ボランティア担当=社協」という定式が行政側にできており、社協とイニシアチブを争うことになった多田氏。社協の建物内に電話線を引き、椅子と机を置き「まごころネット」の拠点とすることで「ゲリラ的に」関門を越えた。だがこれは一例に過ぎない。支援団体が次々に入り異種混交する被災地支援の現場。シフト体制で全員交代する、あるいは「遠慮から」高度なスキルを活かせないなど、引き継ぎや協働の面で非効率的な対応がある相手に対し、最終的には一対一で対決した。「負けたら繫げない。負けないためには真向勝負しかない。正論で突破です。」

≪ボランティアとは≫

「まごころネット」では4月4日、初めて個人のボランティアを受け入れた。団体ではない一般のボランティアを受け入れ現地で活動させるためには、相応の工夫と配慮が要る。多田氏は常にボランティアのバスより先に現地に着き準備をする。被災地の治安は悪化していた。3月末にはレイプ事件が起きた。県外ナンバーのバイクがあったり、崩れた住居敷地内に誰か入り込んでいたりする。まだ遺体もあり、無法地帯化する現場に人、車が雪崩れ込んでくることだけは避けなければならない。「遠野からチームにして行かせよう。」それが現実的な対応だった。

できることをできる人ができる時にやるのがボランティアであり、事実、「あたりまえのことをやっているだけ」という意識がボランティアにはあると評価する多田氏は、この裏にある各自の「頑張り」を理解しつつ、集団が意思決定して命令で動くのではなく、ニーズに応じて人間を組織化することが肝要だと指摘する。

≪被災者とボランティア:潜在するリスクと対応策≫

3月11日、12日に「そこ」にいなかった――。その落差を自覚することがボランティアには必要だと多田氏は説く。しばしば起こるボランティアと被災者の「すれ違い」に対しては、「許すことから始めないと。怒りながらも許すことで自分をも許すことになる。」会場からは被災者の「心のケアの必要性」と「素人であるボランティアがケアに関わる際のリスク」が提示されたが、「人間としての資格」が重要というのが多田氏の答えだった。ただ、ソーシャルワーカーなど専門家のサポートは必須で、組織的に活動できればよいとした。さらに、仮設住宅で周りから遮断されている被災者の声は外部に届かないとし、声にならない声を聴き取り、社会へ伝えることで癒しを行うボランティアが必要だと強調した。「泣くことを大人たちは忘れてしまっているんです。」

≪待った無しのニーズ≫

当然のことながら、被災者にとって仮設住宅入居はゴールではない。被災者は社会が自立の要素(衣食住、生活費、仕事、通信交通手段等)を提供するのを待っているのであり、支援物資はその間必要だ。また、諸団体、企業の支援活動もこれからますます必要になる。多田氏の用意したスライドには「まごころの郷」と銘打ったコミュニティ形成のプロジェクトが映し出された。たとえ企業の冠付きの宣伝活動であっても被災地に経済効果をもたらし、社会が活性化すれば歓迎だという。しかし通常の経済支援などと異なる点はやはり対象が被災者だということ。「活字が読めない」というPTSDの症状を例に挙げ、「情報を与えられてもそれを使う気持ちになれない」状態が最終的に自死を招くこともあると多田氏は述べた。「リフォームした自宅への引っ越しなどが始まるが、まず弱者をケアしてから、という順番にしてくれないと。」その一方で「リーダーも疲れている。中小企業の社長さんが自死を選ぶ例がある。」とも。

≪知らせること、知ることの大切さ≫

「行政に民間の感覚を要求するだけでなく、民間は行政の感覚を持つことです。制度を作るのは強者がよく、だから行政は聴く耳を持たねばならない。」(多田氏)

遠野に限らず、支援活動には検証作業が必要だ。もちろん現在の問題解決のためだけでなく、将来への備えとして。多田氏とパネラーとのディスカッションでは、それぞれ異なる立ち位置で動いてきた上での率直な意見交換があった。多田氏の講演で「敵役」に回ってしまった形の神奈川県社会福祉協議会課長、杉浦幸信氏は、情報共有の面で不備や困難があったことを認めつつ、「行政でもなく、NPOでもなく、ボランティアでもない立場」から社協ができることは?と問いかけた。これに対し多田氏は「最強の質問です。(笑)」現地入りした社協の人たちは熱意があるのに体制上の問題で機能不全に陥ったと指摘、「沈黙しないでもっと理想的な形にするように提案するべき」と応じ、「まごころネット」としても社協へスタッフを出向かせるなど情報共有の努力をすべきだったと振り返った。またksvn代表の植山利昭氏が「神奈川の防災、新しい公共の取り組みのためにも勉強させていただきたい」と感想を述べると、かながわ県民活動サポートセンター所長の松田宏一氏も「自衛隊と防災訓練するなど後方支援のDNAを持つ遠野がうらやましい」と賛辞を送った。他方、ホームページの立ち上げなど主に情報技術で「まごころネット」に協力してきた杉浦裕樹氏(横浜コミュニティデザイン・ラボ代表理事)は、既に4000人以上を被災地へ送り出した県、ksvn、社協三者協働のボランティアバス事業、300を超える県内団体の支援活動の例を挙げつつ、これからは「まごころネット」とより強力に連携して支援を展開したいと抱負を述べた。「一人でも多くのボランティアに動いてほしい。報道も減ってきたこの時期をうまく乗り越え、活動を続けていきたい」という杉浦氏がボランティアマネジメントの秘訣を多田氏に問うと、多田氏は答えた。「団体が活動を終えても個人としてまた来る。それで繋がっていきます。」

遠野まごころネットは11月、東京都千代田区に事務所を開設した。この新しい拠点がこれからの支援活動の力強い後押しとなることは間違いない。さらに来年3月には「手を繋ごうプロジェクト」として欧米・中国など世界と被災地を繋ぐイベントを計画している。復興・再建の道のりは長く険しい。だが被災地を助けようという人々の繋がりも着実に広がりを見せている。会場からの質問に答えて、春に向けて畑の準備があるが、三回耕してもゴミが出る状態だと支援を要請していた多田氏。道路が雪で断たれた際に健脚のランナーが貢献できる物資運び、祭りのネットワークで離島支援など、ユニークなアイデアが会場から寄せられると熱心に聞き入り、フォーラム終了後も参加者に囲まれ情報交換に余念がなかった。今後どのようなプロジェクトが遠野に生まれるのか、要注目である。

☆KSVN編集部遠野取材については以下をご参照ください。
「復興へ……これからの支援の形 遠野まごころネット 多田一彦氏に聞く~」

ページ上部に